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2010/12/23

きょうの一週間後のこと。

数年前、友人の訃報を聞いた日。


彼女とは、中学2年のとき同じようにいじめを受けていた者同士で仲良くなった。

いっつもセーラー服の下に体操着を着ていて



だけど、一度も体育の授業を受けることはできなくて



なぜなら、心臓が弱かったから。


だけど、口はとっても強くて意志が強くて羨ましかった。


あんな風に強くなれたらいいな、って思ってた。



彼女とは中学を卒業したら自然と連絡しなくなって気付いたらもう10年以上。



急に思い出したのが、クリスマス。

久しぶりに連絡してみようかな、年賀状からのほうがいいかな?って思いながら仕事していた。


5年前の12月29日。中学の友人から電話があり、

彼女がなくなったことを知った。「虫の知らせ」というのはこういうことを言うんだなぁって。

12月30日。お葬式に出席。彼女は、あの頃見せていた同じ笑顔で笑っていた。

「心筋梗塞」だった。


毎年、同じ時期になると彼女を思い出す。

もし、あの時彼女を思い出さなかったら

私はお葬式に行ったのかな?って。

もしかしたら、こんな風に毎年思い出さなかったかもしれない。

彼女に会えたから、今の私がいる。

彼女が強い女性だったから、私もなりたい!と思う自分を目指している。


命を無駄にせず、彼女の分までとは言わないまでも


自分の意志を信じて歩いていきたい、と思う。

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kanaのひとりごと」カテゴリの記事

コメント

うまくは言えませんが、かなさんにとっての「人生」の良き糧となった素敵な方であったことは間違いないことですね。
中学時代と言う感受性も拡がって来る大切な時期に素敵な方に会えたことは一生の宝ものですね。
その方から学ぶことが出来た色々な意味での「強さ」をどうか自分の糧にして彼女の分も共に生きていけたら素敵ですね。

まとまりつかない文章ですみません。。。

大樹さん、おはようございます。
今日は寒い♪


いえいえ、コメントうれしく思います。
中学時代のことなんてきっと思い出すこともあまりないのだろうけど、
彼女の「死」によって、毎年彼女を思い出し、中学時代を思い出します。

あんなにたくさんの同級生がいたけど、今彼らはどうしてるんだろう、って。

それでも、社会に出るといろんな場所で活躍している同窓生に遭遇することがあります。
そうやって、人間生きてきて、いろんな人生を歩んでいるのだと思うから

「今」の苦しいときだけを痛感して簡単(ではないだろうけど)に「死」を選んでほしくない、と思うのです。

「死」は最終手段であって、最高手段ではないと思うのです。

って、私も支離滅裂ですが。

>「今」の苦しいときだけを痛感して簡単(ではないだろうけど)に「死」を選んでほしくない、と思うのです。

>「死」は最終手段であって、最高手段ではないと思うのです

うんうん、分かります。俺の知り合いの保育士の旦那が首つりをしてしまい、残されたものの悲しみ、苦しみを目の当たりにしたことがあるだけに「死」を本当自ら選んではもらいたくないものです。
「命」は生きとし生けるものが生まれながらにして背負わされた宿命。。。
その長さは人それぞれですが、どうか自ら縮めることだけはやめてもらいたいものですね。「死」へ逃げる勇気があるなら「生」きながら逃げ回っても罰は当たらない。。。勿論「生」を精一杯生きてもらいたいけど、、、

「生きる」って確かに大変な時もある。でも限られた「生」の意味を悩み苦しみながらもきっと人間て考え生きていける唯一の生き物だから。。。

あ゛~また変になってしまいました。すみません。。。

大樹さん、こんにちは。急に寒くなって体調崩していませんか?

寒さを感じたり、喜怒哀楽したり、感情を持っているのが私たち。
もっと、「生きている」ことを実感してほしいと思う。

死は最終手段だけど、自分の手で終わりにすることはしてはいけない。

できれば、ちゃんとみんなに看取られながらお布団の上で死を迎えたい、と思う。

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