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2010/04/11

とりあえず、何とかなる。

昨日の中学時代、ではないのですが、その頃のことを思い出すアルバムを発見しました。

卒業旅行の写真を見て,思い出したこと。

去年のブログでも書いたのですが、中学のときいじめを受けていました。

お弁当箱を隠されたり
上履き、下履きをゴミ箱に捨てられたり
教科書に「しね」と書かれたり。

結構、今から思い出しても執拗でいやらしい「いじめ」でしたね。

だけど、その頃の私は、今とよく似ていて
「見て見ぬ振り」

その「いじめ」を受けている本人であるにもかかわらず、です。

ある意味「ぼうーっとした子」を演じていたのかもしれません。

卒業する前の日になって
修学旅行の写真とともにアルバムをみんなで見ていたときです。

ある女の子が「きゃー私の隣に嫌な子が笑ってる」と言って
私の顔をマジックで塗りつぶしたんです。

それを見ていた周囲は、もちろん、しーんとなりました。

自分だけではなく、一緒に見ている私以外の友人たちのアルバムも全部
マジックで塗りつぶしていました。

それを冷ややかに見ていました。

それから、しばらくして(10年ぶりくらいかな?)、社会人1年目のとき
たまたま、駅でその子とばったり会いました。

いじめをしていた子といじめをうけていた子。
絶対、対立する関係のはずなのに、彼女は,普通に話しかけて来たんです。

「かなちゃん、久しぶり?今,何してるの?」って普通に。

私は,病院で薬剤師をしていると話すと
彼女は、フリーターをしているとのこと。

「すごいね。ちゃんと医療関係者になったんだ。」って言ってくれた。

彼女だって自分のしたことは覚えているはずなのに
そんな一言を言える彼女をすごい,と思いました。

いじめが原因で死を選ぶ子が多いです。

だけど、とりあえず、生きていれば何とかなります。

私みたいに「いじめられていると認識できない子」だったら苦痛はほとんどないのにね。

実をいうと、私は、「いじめ」られていたと気付いたのは、高校に入ったときなんです。

同じ中学の子に、「よくひどいいじめを受けていたのに」と言われたから。
それまで、普通にかまってもらっている,と思っていたんです。

ぼーとし過ぎだったから、かな。

今では、友達と呼べる人がたくさんいます。

大人になれば、救われることだってあるんだ、と知っています。
もちろん、苦しいことだってある。

だからこそ、生きるってすごいことなんだ,と思うのです。

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コメント

こんにちは~

うん、なんとかなっちゃうよね。
時が解決してくれるし~
最後良ければ全て良しだもんね。

私はかなちゃんとは全く逆の立場だったなぁ~
特に小学校時代はね。
逆って言ってもいじめっ子ではなくて~
いじめられてる子の代わりにいじめっ子を追いかけまわしてやっつけてた~笑
だからよく上級生の不良とも喧嘩してたなぁ

中学ぐらいになっていじめっ子も少なくなってね、それ以来大人しくなっちゃった私ですぅ~。

いじめっ子じゃあなかったかなちゃんの方が幸せよん。
後悔したくないもんねぇ~。

こんばんは、haruさん♪

明日から寒くなるんだって。
寒暖の差が激しいの,どうにかなんないのかしら。。

かなさん。
このタイトルにコメントするにはそれなりに心を整えないとね。
「自覚無き苛められっ子」って言うのは周りから見たらかなさんが言うようにただ「ぼーっとした娘」に写ったのかもしれませんね。
でも結果はどうだったのかと言う事を考える必要があると思います。
私は決して精神科医やカウンセラーではありませんが、「時が経てばすべてが解決してくれる」と言う事ではなくて、かなさんの中に自分では分らない力が備わっていたんだな!これはすごい事よ!!
あなたが言うようにこれだけの虐めを受けていたら大体は「自殺」コースですね!
簡単に言うなよと思うかもしれませんが、今の子供達はいとも簡単に自殺しますからね・・・本当にね全世界の不幸を全部自分が背負ったみたいに思ってはいけないんだよ。
でもかなさんの場合力と爆発してしまうところの感情に何か真空パックか何かがしてあって刺激されなかったんだね!良かった!!
今こうしてブログ書いて土日は旅行に行ってhappy01
お仕事もきちんとこなしていけるんでしょうscissors
僕はね違う意味で子供の頃からおかしな環境の中で育ったんだsweat01
うちのお父さん(健在)は女姓が好きで再婚を繰り返していたし、小学校から高校までは後妻さんがずっと一緒・・・言葉に出来ないほど辛い毎日だったよdash
連れ子もいたから、その仕打ちはドラマで出てくる主役クラスのものがあったけれど、何だろうね・・我慢できたんだよ。
たいがいこの手の環境の中で育つとお決まりのコースで不良になるんだけれど(不良って言うのがもうレトロかね?)高校の時に煙草を吸っていたくらいで何にも問題は無かった。
だからね今は本当に人を苛める事がなくて良かったなぁと思っているんだよhappy01
人の心を壊すと自分自身の心も壊れるからねcoldsweats01そうならないように今でも心がけている事だよscissors
Charって知ってる?彼の歌のいちフレーズに「誰もあんたを殺しゃしないから・・・」っていう言葉karaoke
この世の中は肩を怒らせて人の揚げ足を取って自分だけが幸せになろうとすると結構やりづらいものですよ。
でも「大丈夫!」と信じて進んでいけば結構どうにかなるhappy01
「とりあえず、何とかなる!」いいんでないかいhappy01

下総の茂蔵さん、こんにちは♪

思い出すのは、結局・・・楽しかったこと>つらかったことなんですよね。
私に救いだったことは、「学校が好きだった」「いやなことはいやと、はっきりいう」性格だったということなのかもしれません。

他人から見ると「酷い」と思っても私からすると「遊び」の一つ。

私の過去はあなたほどではない!という人もいると思います。

たとえば、運動靴をびっしょりぬらされたとします。
普通、いじめられっ子は、ぐったり「もういやだ」と思うでしょう。

ところがどっこい、私は、そうではありませんでした。
「ラッキー、これで体育の授業、出なくてすむ」
内心、こんな風に思っていました。だけど、喜びを表現するわけにいかないので、しょんぼりしていました。

私は、「いじめ」をいい方向へ考える癖があったんだと思うんです。
お金をせびられたこともしょっちゅうだったけど、これだけは頑なに首を振りませんでした。「盗んで来い」といわれたら「自分が親からもらえばいいじゃない」と突っぱねていました。

「いじめの本質」なんて考えてはいけないんだろうな。
みんながみんな、ずっと笑顔で過ごせられればいいんだろうけど、世の中そんなにうまくはいかない。

だけど、私自身が変われば周りだって私を信じてくれる人だけが集まってくるはず。
私がプラスのイオンをずっと放っていれば、賛同してくれる方たちがきっと集まってくれる、と信じています。

私が、最悪の結果を選ばなかったのは自分を信じていたから、だと思います。

中学の近くに川があって、よくそこからみんなに「飛び降りてしねよ」みたいなことを言われていました。
だけど、高所恐怖症なので、手すりに登ることさえ出来なかったし、私はすでに身長が168センチあったのでみんなより頭一個分高かったから持ち上げられることもなかった。
全てが、私にプラスに働いていたのかもしれません。

自分の容姿ではなく、精神的な信じるということ。

とりあえず、自分を信じていれば何とかなる。
生きているだけで、何とかなるはずです。

追加~

不良って言葉、まだ使いますよ~って私もレトロ?

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